はじめに
昨年(2023年)の12月1日に青森県八戸市尻内町の東北自動車道八戸線(八戸自動車道)で、走行中の大型トラックから左側の後輪タイヤ2本が外れて道路脇で作業をしていた男性にぶつかりました。この事故でその男性が死亡し、さらに一緒に作業をしていた別の人も負傷しました。
また、この事故の前日の11月30日には、島根県の国道においても大型トラックから脱落したタイヤが歩行者に衝突し、当該歩行者が重傷を負う事故も発生しておりました。
このような相次ぐ車輪の脱落事故の発生を受け、国土交通省は12月4日、全国の運送会社に対しタイヤを固定するナットが緩んでいないかなど一斉点検するよう緊急の指示を出す事態となりました。
トラックのような大型車両の車輪は大きく重いため、走行中に脱輪すれば、重大事故につながる危険性は極めて高いことは言うまでもありません。そのため、緊急の対応が必要であり、世の中の関心が集まるのも当然と考えられます。したがって、車両の点検・整備に関する内容で、昨今、特に問題視されているのが、「車輪脱落事故」です。
しかし、車両の点検・整備は、法令で定められている事項であり、これらが適切に実施されていれば、基本的に車輪脱落事故は防止できると考えられます。
車輪脱落の主な要因として、規定トルクでナットの締め付けを行っていない、増し締めを行っていないといった締め付け不足や不適切なナット(劣化したもの、清掃や潤滑剤の塗布などが適切に行われていないもの)の使用、さらに整備管理者による指導・管理不足などが挙げられます。
このことを踏まえると、車両の点検・整備の重要性を改めて認識する必要があるのではないかと考えます。
事業用自動車に関しては、法定点検、日常点検、運行前点検といった点検自体を行っていないということは、あまり考えられません。さらに、車両性能自体も日々進化しているため点検・整備不備による実際の事故や故障は多くないと推察します。しかしながら、必ずしもそうとは判断できない状況があります。
前置きが長くなりましたが、本稿では、高速道路における車両故障の発生状況と危険性、トラックの車両故障に起因する重大事故の実態などを確認し、事業用車両の故障による損失、さらに整備管理者の役割の重要性などについて考えてみたいと思います。
高速道路における車両故障の発生状況
全国の高速道路(※1)における令和4年の車両故障件数は、「関東運輸局自動車技術安全部監修 整備管理者研修資料 令和5年度 整備管理者研修資料検討委員会編」掲載データによると、101,043件にのぼっており、前年から約15,000件以上増加しています。車種別の発生状況では、「乗用車」が最も多く全体の59.5%にあたる60,163件、次いで「普通貨物」の22,637件(全体の22.4%)、「小型貨物」の14,092件(全体の13.9%)、「バス」の442件(全体の0.4%)の順になっています。
令和4年の車両故障件数の全体の比率では、小型貨物と普通貨物を合わせると36.3%となり、約1/3が貨物関係の車両ということになります。
貨物関係車両の故障件数は、約3万7千であり、単純計算で1年間では、1日100台以上が高速道路において故障していることになります。
この件数を多いと捉えるか少ないと捉えるかは、人それぞれだと思います。しかし、このデータは真摯に受け止める必要があると考えます。
令和4年は、すべての車種が令和3年より故障発生件数が増加しており、普通貨物とバスについては、令和2年以降は増加傾向にありおます。
※1 東日本高速道路㈱、中日本高速道路㈱及び西日本高速道路㈱の管理するものに限る
件数は全国の高速道路(東日本高速道路㈱、中日本高速道路(㈱)及び西日本高速道路㈱の管理するものに限る)における車両故障件数
出所: 「関東運輸局自動車技術安全部監修 整備管理者研修資料 令和5年度 整備管理者研修資料検討委員会編」掲載データより作成
件数は全国の高速道路(東日本高速道路㈱、中日本高速道路㈱及び西日本高速道路㈱の管理するものに限る)における車両故障件数
出所: 関東運輸局自動車技術安全部監修 整備管理者研修資料 令和5年度 整備管理者研修資料検討委員会編
高速道路における車両故障の危険性
高速道路上で車両故障により車両が動けず本線車道に停車してしまうことは非常に危険です。まず想定されるのが、追突事故や多重衝突事故です。高速道路を走行する車両のドライバーは、本線車道に車両が駐停車していることを想定して運転していることはほとんどありません。そのため、本線車道に駐停車すると、追突・衝突される危険性が極めて高くなります。本線車道、路側帯、路肩に駐停車した車両の車内や車周辺での待機は、後続車による追突事故・多重衝突事故に故障車のドライバー自身や同乗者が巻き込まれることがあります。また、車両の点検をしようとして本線車道側に出たりすることも同様のリスクが高まります。
このような追突事故・多重衝突事故の危険は、故障車のドライバーや同乗者だけでなく、追突してしまう側の車両のドライバーや同乗者にも危険が及びます。結果として、高速道路を通行する後続車両の全てを危険にさらすことになるのです。
今年(2024年)の2月20日には、長野県千曲市の長野道において、故障のため走行車線で停止していた大型トラックに後ろから来た大型トラックが追突する事故が発生しました。この事故で、追突した車を運転していたドライバーが死亡、追突された車を運転していたドライバーも怪我をするという痛ましい結果になりました。
トラックの車両故障に起因する重大事故の状況
事業用自動車については、自動車事故報告規則(昭和26年12月20日運輸省令第104号)(以下
「事故報告規則」という。)において重大事故が発生した場合、事業者にその報告が義務付けられています。
「重大事故」とは、事故報告規則第2条に規定する事故のことで、具体的には、(1)自動車が転覆し、転落し、火災を起こし、又は鉄道車両と衝突し、若しくは接触したもの、(2)10台以上の自動車の衝突又は接触を生じたもの、(3)死者又は重傷者を生じたもの、(4)10人以上の負傷者を生じたもの、など全15項目が定められています。
国土交通省自動車局の「自動車運送事業用自動車事故統計年報(自動車交通の輸送の安全にかかわる情報)(令和3年)[第2分冊]」によると、トラックに関しては、車両故障に起因する重大事故の発生件数は、令和3年には446件あり、ここ数年は年々増加しているデータが示されています。これは非常に危険な傾向であり、看過できない事態であると考えます。
出所 : 「自動車運送事業用自動車事故統計年報(自動車交通の輸送の安全にかかわる情報(令和3年)〔第2分冊〕令和5年3月 国土交通省自動車局」より作成
出所 : 「自動車運送事業用自動車事故統計年報(自動車交通の輸送の安全にかかわる情報(令和3年)〔第2分冊〕令和5年3月 国土交通省自動車局」より作成
また、業態別の車両故障に起因する重大事故における故障装置の内訳では、全業態において「原動機」が多くなっています。トラックに関しては、「車輪(タイヤを除く)」が最も多く96件、次いで「原動機」の81件、「タイヤ」の57件、「動力伝達装置」の54件といった状況になっています。トラックの場合、他の業態と比較すると、「車輪(タイヤを除く)」と「タイヤ」が多い傾向があります。これは、積み荷の重さが大きく影響しているものと推察されます。このような統計資料を基に、特に故障の発生が多い装置については、特に念入りに点検・整備を行う必要があると考えます。
出所 : 「自動車運送事業用自動車事故統計年報(自動車交通の輸送の安全にかかわる情報(令和3年)〔第2分冊〕令和5年3月 国土交通省自動車局」より作成
トラックの車齢と故障の関係
トラックの車両故障に起因する重大事故と車齢の関係については、「関東運輸局自動車技術安全部監修 整備管理者研修資料 令和5年度 整備管理者研修資料検討委員会編」に興味深いデータが掲載されていましたので、ご紹介いたします。
ただし、この資料のデータは「『自動車運送事業用自動車事故統計年報(自動車交通の輸送の安全にかかわる情報)(令和3年)』(令和5年2月)」が基であることから、令和3年のトラックの車両故障に起因する重大事故件数の合計が363件(同資料の令和5年3月版では446件)の内容になります。それでも十分活用できると考え、あえて紹介したいと思います。
出所: 関東運輸局自動車技術安全部監修 整備管理者研修資料 令和5年度 整備管理者研修資料検討委員会編
このように、1年が経過して2年目以降は、各車齢において車両に起因する重大事故が「ふた桁」の件数発生している状況です。4年が経過して5年目以降に増える傾向は見てとれるものの、車齢が浅いから故障の発生確率は低いといった結論付けには無理があるように思います。つまり、車齢が浅くても、故障の発生を強く意識したうえで点検・整備を適切に十分に行わなければならないことが示されているのではないかと考えます。
車両故障の実態の推察
これまで、高速道路における車両故障件数と重大事故を起因した車両故障件数を確認してきました。しかし、いわゆる一般道での故障実態に関しては統計データを見出せず、残念ながら把握はできておりません。もっとも、トラックの一般道での故障の場合、営業所などからそれ程距離が離れていなければ、自社で委託している自動車整備会社や提携しているレッカー業者を手配するはずです。また、遠方の場合も、操配担当者が地元の整備業者やトラック販売会社の営業所などに応急処置の手配をするなど、結果的には自社での対応となるためデータの蓄積がないものと考えられます。
ちなみに、自動車の故障時対応でよく耳にするJAF(一般社団法人日本自動車連盟)のロードサービスのでは、大型トラックやトレーラーなどは、「燃料切れ」「キーの閉じこみ」のみの対応となっています。参考までに、JAFのロードサービスの状況を以下にご紹介します。
JAFのホームページによると、2022年度(2022年4月~2023年3月累計)の年間のロードサービス実施件数(四輪・二輪合計)は、合計2,195,442件(うち二輪84,003件含)になっています。そのうち高速道路が62,710件、一般道路が2,132,732件と高速道路に比べ、一般道路の方が約34倍多い状況になっています。合計件数を1年の365日で除すと、単純計算で1日あたり6,000件を超える数に驚く次第です。もちろん「キーの閉じこみ」や「燃料切れ」などドライバーのケアレスミスも多くあるようですが、かなりの件数のように感じます。
少し話が脱線しましたが、一般道路における明確な貨物自動車の故障実績を見出せないので、あくまでも筆者の個人的な見立てではありますが、一般道路における貨物自動車の故障も相当な件数になると考えます。具体的には、上記でご紹介した高速道路での故障件数と同じ、若しくはそれを上回る件数が発生しているのではないかと考えております。貨物自動車の場合、基本的にはプロのドライバーなので、「キーの閉じこみ」や「燃料切れ」などはあってはならない事象でありますが、このようなケアレスミスを差し引いてもかなりの故障件数があるものと推察します。
自動車の高性能化と故障
自動車の高性能化、高感度センサーやコンピュータシステムの搭載により、一般に故障の発生が減少するものと考えられますが、現実的にはその通りではない部分もあるようです。
高性能化、センサーの多用はそれだけシステム(仕組み)を複雑なものにします。そのため、1箇所の少しの不具合でも車両の運行ができなくなるなど全体に大きな影響を及ぼすという一面も否定できません。そして、その修理も簡単でなく、メーカーでないと対応できなかったり、不具合箇所の機材全体を交換するようなことも発生します。
また、車両を制御するセンサーも高感度化しており、少しの異常でも反応するようになっています。もちろん、これは安全上必要なことで、悪いことではありません。ただ、これまでは安全上の問題はなく、許容範囲であったレベルでもセンサーが即時に反応し、「故障発生」と判断されることもあります。
あるトラック事業者の方から、最近のトラックはセンサーの感度が上がりすぎて、マフラーなどに付着した少しの埃などでもセンサーが異常を感知して走行できなくなるなど、昔と違ったトラブルも多く発生しているといった趣旨のお話を伺ったことを思い出します。車両の進化が故障に関係するというのも複雑な感じがします。
ただ、いずれにしても、故障の発生を最小限にする取り組みが非常に重要であることは疑う余地はないと思います。
事業用車両の故障による損失時間
道路上における車両故障は、基本的にはその間、運行ができないので、物流業界で特に問題視される「荷待ち時間」と実質的に何ら変わらない状態であると言えます。現在、トラックドライバー不足、トラックドライバーの労働時間や拘束時間などの問題が特に注目されていることを踏えると、車両故障により失われる時間にも関心を向けるべきではないかと考えます。
たとえば、上記でご紹介した高速道路における貨物自動車の故障の発生件数の3万7千件において、2時間車両の運行ができなかったとすると、7万4千時間の損失で、日数にすると約3,083日がドライバーの貴重な労働・拘束時間から失われている計算になります。これに、実績数値の掴めない一般道路での故障も同程度かそれ以上と想定すると、驚くべき損失時間になるのではないかと推察いたします。もちろん、机上の計算なので、真実は計り知れませんが、今後、車両故障による失なわれる時間についても着目ししていく必要があるのではないかと考えます。
また、自分が運転する車両が故障した場合、そのドライバーはかなりのストレスを受けるものと思います。また、車両故障の心配しながら運転するようなことも精神衛生上も含めて安全確保の観点からの問題があります。車両状態を常にドライバーが安心して運転できる状態にしておくことも、ドライバーという職業へのマイナスイメージを払拭する一つの要素にもなるのではないでしょうか。
整備管理者の役割の重要性
道路運送車両法第50条及び同法施行規則第31条の3により、事業用自動車の場合、乗車定員10人以下の自動車(トラック等が該当)の使用者は、5両以上(貨物軽自動車運送事業の自動車は10両以上)の場合、使用の本拠ごとに「整備管理者」の選任が義務付けられています。これは、整備管理者に自動車の点検及び整備並びに自動車車庫の管理に関する事項を処理させるため制度(整備管理者制度)です。そして、同法施行規則第32条において、整備管理者の権限等(具体的業内容)が定められています。紙面の関係上、それらの列記は割愛しますが、その中の一つに、日常点検の結果に基づき“運行の可否”を決定するという権限があります。
これは、故障によって道路上で車両が動けなくなるような事態を避ける意味で非常に重要な権限です。“故障予備車”を営業所外に出すか留めるかの最後の砦と言えるかもしれません。
日常点検、特に運行前点検は、ドライバーがきちんと実施しなければならないことから、ドライバーと整備管理者が連携、協力して故障の防止に取り組んでいくことも当然必要になります。
整備管理者の確保と育成も急務
整備管理者の資格要件は、基本的には、「一級、二級または三級の自動車整備士技能検定に合格した者」、「整備の管理を行おうとする自動車と同種類の自動車の点検若しくは整備又は整備の管理に関する2年以上の実務経験を有し、かつ、地方運輸局長が行う研修を修了した者」となっています。
この資格要件からも、かなりの専門的な知識が必要であることが窺えます。昨今、多くの業種で人手不足の問題が顕在化しています。そして、最近では「自動車整備士」も不足している話も耳にします。実務経験と整備管理者研修により整備管理者の資格要件を満たすことも可能ですが、将来的(と言っても非常に近い時期)に、整備管理者不足も運送業界に非常に深刻な影響を及ぼすものと考えられます。
運送事業者は、既にドライバー不足の問題に直面しておりますが、整備管理者の確保にも取り組まなければならない時期に既にきております。整備管理者の募集採用、あるいは実務経験と整備管理者研修による育成に関して、これまで以上に計画的に取り組むことが重要になります。
おわりに(点検・整備の重要性の再認識)
自動車も“機械モノ”である以上、車両故障をゼロにすることはできません。しかし、それを未然に防いで減らすことは日常の点検や整備により十分に可能であると考えます。たとえば、運行前の点検を手順に定められたとおりに確実、丁寧に実施するだけでも効果が期待できます。実際の物流現場において、運行前点検はしてはいるものの、出発を急ぎたいのか、「“異常なし”の結果ありき」で点検をしている光景を過去に幾度となく見たことがあります。
急ぐ気持ちはわかりますが、点検不足により、営業所外で故障に遭遇した時の時間と労力、職場の人の故障への対応などに割かれる時間などを考慮すれば、数分時間がかかっても点検を確実、丁寧に行う方が結果的に得策なのです。まさに「急いては事を仕損じる」の格言のとおりではないでしょうか。このことを整備管理者を含め、現場の管理者が十分に認識し、ドライバーに指導することがますます求められていると考えます。
また、故障個所や要整備箇所が見つかり、自動車整備業者に修理を依頼しても、最近は自動車技術の進歩による整備、修理項目が増加するなど、その所要日数にも長くなることが想定されます。不良箇所の状態が更に悪化する前に必要な処置を行うことも今後より重要な要素になると考えます。
ドライバー不足や労働時間、拘束時間への対処が喫緊の課題となっている現在こそ、確実な車両の点検、整備の励行という基本に立ち返り、故障の発生とそれに伴うムダな時間と労力の削減する取り組みにも力を入れてことが必要ではないかと考えます。
また、2024年の4月1日より中大型トラックの高速道路での最高速度が時速80kmから時速90 kmに緩和されました。しかし、速度が上がっても、途中で故障して走行できなくては何の意味もありません。故障による損失時間を踏まえ、車両の点検・整備の重要性を改めて認識することも必要ではないかと考えます。
(この記事は2024年3月22日の状況をもとに書かれました。)