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トラックドライバーの人事評価 ~客観的事実の積み上げと面談で不信感を払拭~

トラックドライバーの人事評価 ~客観的事実の積み上げと面談で不信感を払拭~

はじめに

日本の人事制度については、給与体系、昇給、昇格などに関して年功序列制から成果主義や実力主義への移行が始まってから長い月日が経過しました。この成果主義や実力主義の重要な基礎をなすのが人事評価制度です。公官庁も含めて、ほとんど企業、団体、組織などにおいて何らかの形で人事評価が行われているものと考えられます。人事評価という名称でなく、人事考課、人事査定、勤務評定、人事評定、評価査定などという言葉が使用されるケースもあるかもしれません。人事評価を行う目的は、社員のモチベーションアップ、目標達成、人材育成、社員の適正配置など様々なものがあります。ただ、多くの企業や団体では、人事評価において、従業員のランク付けや序列付けも目的にしているケースがほとんどです。そして、その結果を従業員の個々の給与・賞与・昇進などに反映させる仕組みを構築しています。このような仕組みが、トッラクドライバーにも適用されることがあります。このような人事評価が非常に有効に運用されている場合も多々あります。しかし一方では、トラックドライバーの業務の特性などを背景に実際の運用で問題を抱えるケースもよく耳にします。本稿では、トラックドライバーの人事評価に関して一般的に用いられる主な評価項目などを確認しつつ、その運用の難しさと評価を行う際の留意点について考えてみたいと思います。

人事評価制度の構成

人事評価制度は、簡単に言えば、従業員の能力や会社への貢献度、目標達成度、業務遂行状況などを評価し、その結果を従業員の処遇に反映させるための制度のことです。企業や団体がそれぞれの業種、業態、また被評価者などに応じて制度設計するものなので、画一的なものはなく、制度の具体的な内容は区々です。ただ、「評価制度」「報酬制度」「等級制度」の3つの要素を全体としてまとめたものを人事評価制度と表現することが多いようです。

人事評価制度

評価制度とは、企業や団体が独自に設定した行動指針を基準に従業員を評価するための制度です。報酬制度とは、評価制度に基づいて、従業員一人ひとりの報酬、つまり給与や賞与の金額を決定するための制度です。報酬は、一般的に金銭的なものを指しますが、非金銭的な報酬もあります。非金銭的な報酬としては、表彰、社内報への掲載、学習機会の提供などが考えられます。そして等級制度は、社内や団体内の序列である等級を定義づけるとともに、各等級に与えられる権限や役割を示す制度です。この等級制度には、代表的なものとして「職能資格制度」、「職務等級制度」、「役割等級制度」の3つの制度があると言われています。本稿でのこれ以上の説明は割愛いたしますが、各制度にはそれぞれ特徴があるので、組織規模や職種などに応じて適する制度が選択されていると考えられます。
評価制度、報酬制度、等級制度は、相互に密接に関連しており、それぞれの運用が適正になされてこそ、人事評価制度がきちんと機能することになります。ただ、一部の企業、一部の職種の従業員については、等級制度を適用せず、評価制度と報酬制度のみで給与、賞与、昇給といった金銭的な処遇を決定しているケースもあります。
いずれにしても、人事評価制度は、文字通り評価制度が中心となり、その結果が報酬、等級(昇格・昇級など)に反映されていく形になります。立派な報酬制度、等級制度が構築されていても、評価制度部分が機能不全では、人事評価制度、ここでは広い意味での人事制度そのものが意味をなさないものになってしまいます。それだけ評価制度は重要と言えます。

トラックドライバーの報酬制度

トラックドライバーの処遇に関して、会社によっては、評価制度と報酬制度の2つの制度で決定する場合も珍しくありません。つまり、等級制度を適用しないということです。こうした運用が問題なくできるのは、トラックドライバーの報酬制度が関係していると考えられます。
トラックドライバーの報酬制度は、主に次のような仕組みになっています。

・基本給に歩合給が加算される仕組み
・基本給に各種手当(長距離、早朝出勤、深夜、休出、皆勤、無事故など)が加算される仕組み
・基本給に歩合給と各種手当の両方が加算される仕組み

基本給を固定給とし、歩合給などを変動給とすると、トラックドライバーの報酬は、一般的な事務員と比べると、報酬全体に占める変動給の割合が相対的に高くなる傾向があります。公益法人全日本トラック協会の「2021年度版トラック運送事業の賃金・労働時間等の実態(概要版抜粋)」によると、
同業種の事務員と比べてもトラックドライバーの変動給の比率が高くなっています。そして、同調査資料でも変動給の内訳では、「歩合給」が多い結果になっています。
事務職の場合、等級制度を適用して報酬を決定することがよくあります。一般的にその人の保有能力、資格、役割、役職、権限、責任などによってそれに適合する等級にランク付けをして、そのランクに合致する報酬レンジの中で基本給が決まるというものです。つまり、報酬はその人に与えられた等級で決まるというものです。一方でトラックドライバーに関しては、報酬全体に占める歩合給や各種手当の比率が相対的に高く、また事務職と異なって経験年数と職務内容の高度化が必ずしも相関しない傾向があります。そういったことを背景に、等級制度の職能資格、職務等級、役割等級などのランク付けがあまり意味を持たないといった議論がしばしば浮上することになります。

業種・職種別賃金構成 width=

変動給の内訳

トッラクドライバーの等級制度と評価制度の意義

トッラクドライバーの場合、等級制度を適用しなくても、処遇を決めることは難しくありません。それでは、評価制度はどうでしょうか。極論すれば、歩合給の仕組み、各手当の算定支給基準などが就業規則などで明確に決まっていれば、人事評価をしなくても、実績把握をすることにより給与や賞与の支給について支障はないと考えられます。しかしながら、こうした支給事務手続などの観点のみで、等級制度も含めて評価制度の必需性を否定するのは性急です。冒頭にも述べましたが、評価制度は、処遇を決めるだけが機能ではありません。社員のモチベーションアップ、目標達成、人材育成などの観点で非常に重要なものです。また、等級制度についてもモチベーションやキャリアプランなどの面でトラックドライバーにも適用するメリットは非常に大きいものがあります。評価制度で自己の能力や実績が評価され、等級制度によって自己の等級、資格などがランクアップにつながることは、仕事への取り組み姿勢に好影響を与えます。厳密な意味での等級制度の運用は別として、トッラクドライバーについても経験を積み重ねることにより、自己のポジションや報酬が上がる仕組みはキャリアを見通せることから離職の防止にも有用と考えられます。ただ、前述のとおり、等級制度の運用も含めて、きちんとした評価制度が根底になくてはなりません。

トラックドライバーの評価制度への不信感

トラックドライバーに対する評価制度に関して、トラック運送事業者の募集広告には、「評価制度でモチベーションアップ」、「仕事へ取り組み姿勢、プロセスや結果に対する正当な評価で給与・賞与を決定」、「人評価制度を導入して頑張りの分だけ評価される仕組みあり」などの掲載があります。人事評価制度そのものの存在について、会社のアピールポイントとして捉える傾向が強いようです。評価制度をプラスに捉えた内容とも言えます。こうした評価制度によりトラックドライバーが仕事にやりがいを感じるとともに頑張っている人がその分報われることは非常に望ましいことです。しかし一方で、ドライバー特有の事情による人事評価の困難さが指摘されることも多々あります。ドライバーの人事評価の実際の難しさを象徴するように、ドライバーから実際に次のような言葉が聞かれることがあります。

・人事評価の基準と決定される評価が曖昧だ
・具体的に何をしたら評価のランクがアップするのがよくわからない
・上長が「好き」「嫌い」で査定していると思える
・一所懸命にやってもやらなくても結果は同じに感じる
・高評価よりも労働時間を長くし、多くの手当がもらえる仕事の方が収入が高い など

以上のような人事評価に対する不信感は、評価する内容(評価項目)によっても違いがあります。それでは、トラックドライバーは、どのような点を人事評価されているのでしょうか。

トラックドライバーの一般的な人事評価項目

トラックドライバーの人事評価制度については、上述したように募集広告などで、人事評価を実施していること自体については明記があります。人事評価制度の運用がなされていることは明確ですが、具体的な評価項目や方法まで公表している例は多くありません。
ただ、筆者の経験からも、トッラクドライバーの人事評評価制度を導入している会社において、多くの会社で採用している評価項目が、ドライバーの勤務や運行に関する実績を評価するものです。一般的に項目名称や内容は会社によって多少異なりますが、交通事故や交通違反に関するもの、遅刻や欠勤などの勤怠に関するものなど(他の主な実績評価項目例は、下記の図参照)に関して評価するケースが多いようです。

実績評価

これらの項目については、実態をある程度数値化したもので把握することができます。それらの数値を人事評価要領やマニュアルの基準と突合することで、誰が人事評価をしても、結果に大きな差異は生じないものと考えられます。つまり、人事評価に対する信頼度が比較的高いものになる評価項目ということになります。
人事評価で不信感が生じやすくなる評価項目が「行動評価」や「能力評価」です。運送事業者の中には、実績評価項目以外に行動評価や能力評価などを加えている場合も多々あります。これも項目名称や内容は会社によって多少異なりますが、安全に対する意識、勤務態度や仕事に対する姿勢など(他の主な実績評価項目例は、下記の図参照)に関して評価することも少なくありません。

行動評価・能力評価

これらの評価項目は、個人成長や会社の発展のためには非常に重要な要素です。定期的に人事評価を行い、その人の長所を褒めてさらに伸ばし、短所を気づかせて改めていくということが可能になります。前述のとおり、実績評価については、基準が明確であればある程に誰の目から見ても結果が明らかなため、比較的問題なく運用が可能です。一方で行動評価や能力評価については、トラックドライバーが不信感を抱くことが少なくありません。つまり、評価をするにあたって、評価者が被評価者の言動や行動を十分に把握していないと評価が難しいということです。トラックドライバーの場合、評価者が出庫後の行動を把握することは容易でないことも事実です。例えば、勤務態度といったところで、評価者はそのドライバーに関心を持ち、仕事ぶりをよく観察していないと適正な評価を下せないということになります。ドラックライバーからは、「俺たちの外での仕事ぶりも見てなくて、適正な評価ができるのか?」「俺たちとろくに話もしないで会社への貢献をどうやって適正に評価できるのか?」といった声を聴く機会も少なくありません。行動評価や能力評価には、大きなメリットがある反面、評価者がドライバーと真摯に向き合わないと評価制度はもちろん会社に対する不信感を募らせる結果に陥ることもあるのです。

トッラクドライバーの人事評価を行う上での留意点

人事評価に対する不信感を少しでも減らすにはどうしたらよいのでしょうか。これに対する完全な回答は残念ながらありません。行動評価、とりわけ能力評価については事務職の場合でも簡単でないのが実態です。しかしながら、「事実」を積み上げることで「評価精度」を確実に高めることは可能であると考えられます。事実の積み上げとは、被評価者の言動や行動の記録を残すことと、時間を空けずに言動や行動を当人と確認することです。例えば、決められた挨拶や服装を守らないドライバーがいたとしたら、後刻にまとめて注意するのではなく、その場で注意し、同時にメモ等に記録を残します。また、評価者は被評価者としばしば短時間で構わないので、面談で日常の被評価者の言動や行動の事実をお互いに確認するのです。期末の人事評価時期に評価期間内の事象についてまとめて評価しようすると、「期末誤差」が生じ易くなります。期末誤差とは、人事評価を行う期末に近い時期に起きた出来事が評価に強く影響するエラーをいいます。4月〜9月の半年間の評価を行う場合、期末の9月に近い時期の成果、言動や行動ほど評価全体に色濃く影響するのが期末誤差と言われるものです。評価期間が長いほど発生しやすい特徴があります。こういったことを防止するためにも、事実をメモに残すことと評価期間内に幾度か面談機会を設けることは有効です。
また、ドライバー人数が多くて評価者が全員の言動や行動の把握が難しい場合には、ドライバーの中のまとめ役や配車担当などから情報を集めることも有用です。評価情報提供者、評価補助者、評価補佐などの名称が当てはまるかもしれません。当然ながら、集めた評価情報は、事実の部分と情報を提供した人の主観的判断部分を厳格に精査する必要があります。その上で収集した情報を基に被評価者と面談において事実を確認します。こうした取り組みを続けることで、トラックドライバーが抱く人事評価への不信感をかなり減じることができるものと考えます。
さらに、人事評価制度にドライバー自身による「自己評価」を加えることも効果的です。自己評価の過程で自らの言動や行動、業績などを振り返り、良かった点や悪かった点を客観的に洗い出すことができます。その上で自己評価と評価者の評価と比較することが可能になります。もし、自分の評価との間に乖離があればその理由を評価者と話し合います。評価理由や根拠が明らかになることで、少なくとも評価が感覚的に行われていないことが伝わるはずです。自己評価で問題になるのが、「過大評価」と「過小評価」の問題です。自己評価が過大になったり、過少になってしまうと、その人に適した評価にならないケースが出てきます。一般的に過大評価になるのは、自分に大きな自信がある、自尊心が強いなどの特徴がある人です。逆に過小評価になるのは、自分に自信がない、マイナス思考が強いなどの特徴がある人です。こうした過大評価や過小評価を防ぐためにも、評価項目を具体的かつ平易な言葉し、評価基準をより明確にすることが大切です。自己評価の制度を取り入れる場合には、評価に関する事前の研修で、評価の目線合わせすることも適した評価につながります。自分の良かった点や悪かった点を発見することで、その人の成長にもつながりますし、今後の業務に活かすことが可能になります。

ドライバー自身による自己評価

評価結果のフィードバック

人事評価でもっとも重要なのが、評価結果のフィードバックです。評価者が被評価者に対して、その評価結果に至った経緯、理由を評価期間における客観的記録(記録メモなど)を示しながら面談で丁寧に説明します。もし、評価や事実内容に関して、意見が異なれば、この面談においてよく話し合いをします。評価を上げるために被評価者が改善すべきことや取り組むべきことがあれば指導もする必要があります。
このフィードバックで留意すべき点として、「最終の評価結果の伝達」があります。会社によっては、人事や総務部門が各セクションの評価者から人事評価表を集約し、その全セクションの被評価者の序列を付け、それを最終評価結果とする運用をしているところがあります。各セクションにおける「絶対評価」が「相対評価」に変わるというものです。この運用ですと、1次評価者が被評価者に面談で伝えた評価結果と報酬等に反映される最終の評価結果が相違するケースが発生することがあります。この最終評価結果についても、可能な限り丁寧に経緯、理由を説明することが重要です。この説明がないとドライバーは「会社は勝手に鉛筆を舐めて評価を変えている」などといった不信感を増幅させてしまいます。特に最終評価が最初の評価より下がる場合に留意する必要があります。

トラックドライバーの人事評価項目と評価の留意点

おわりに

トラックドライバーの人事評価、とりわけ行動評価や能力評価には難しい要素が含まれていることも事実です。しかし、ドライバーのやりがい、モチベーションを維持高めていくためには、実績評価だけでなく、行動評価や能力評価を加えることは非常に有用と考えられます。ただ、もろ刃の剣で客観的な事実に基づいた評価に努めないと逆効果になることも否定できません。これは、人事評価全般に共通しますが、人を評価するには、その人に関心をもつことから始まります。その上で、仕事の中身、難易度、取り組み姿勢などを先入観抜きに理解すると同時に、その理解が的確なものかを日々のコミュニケーションや面談を通じて確認していくことがより重要になります。ドライバーも評価者を通じてでも自分に関心を持たれていることがわかれば張合いを感じることでしょう。面談などによってのコミュニケーションが深められれば、離職防止にもつながるものと考えます。
近年、トラックドライバー不足や物流の2024年問題が深刻に議論されています。こうした問題の解決のためにも、これまでのドライバーの長時間労働を解消しつつ、短い労働時間で効率良く働いた社員を正しく評価する仕組みが求められます。仕事の質と量を正しく評価し、処遇に反映することがドライバーの離職の防止にも役立つものと考えます。そうした意味で、人事評価を適正に運用していくことは非常に大きな意義があることを改めて認識する必要があるのではないでしょうか。
最後に、トラックドライバーの評価項目を見直す、あるいは一から作成するといった時に参考になるものをご紹介します。それは、人事評価に関して、厚生労働省のホームページで紹介されている「〔評価ガイドライン〕(運送業務)」が評価項目を詳細に網羅しており、人事評価シートの作成や検討に際して参考になります。この評価ガイドラインは、人材開発における雇用型訓練で主に使用されるものですが、内容をアレンジすることで、人事評価シートの原案として活用することも可能と考えます。内容に関しては、紙面の都合上割愛しますが、下記にURLを掲載しますので、興味にある方は、一度ご覧いただければと思います。下記URLの「業種別」「モデル評価シート」の「運送業務」からダウンロードが可能です。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000127397.html

【参考】「モデル評価シート」の「運送業務」の一部
「モデル評価シート」の「運送業務」の一部
出典:厚生労働省HP「ジョブ・カード制度」モデル評価シート・モデルカリキュラム一覧表より抜粋

(この記事は2022年9月1日の情報をもとに書かれました。)

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