平成29年11月から標準貨物自動車運送約款が一部改正されました。そこで、その運送約款改正の内容と、ドライバーの労働条件と運賃にまつわるこれまでの課題、そして今後運送事業者が必要となるであろう取組みについて考察します。
標準約款改正の概要
国土交通省は、トラック運送事業における適正な運賃・料金を収受するための方策として、平成29年8月4日に標準貨物自動車運送約款を改正し、平成29年11月4日から施行されることとなりました。改正の主な内容として、運送の対価としての「運賃」及び運送以外の役務等の対価としての「料金」を適正に収受できる環境を整備するとされ、
(1)運送状の記載事項として、「積込料」、「取卸料」、「待機時間料」等の料金の具体例を規定。
(2)料金として積込み又は取卸しに対する対価を「積込料」及び「取卸料」とし、荷待ちに対する対価を「待機時間料」と規定
(3)付帯業務の内容として「横持ち」等を明確化等
があげられています。
改正の目的と取引の実態
この改正の目的は、近年のドライバー不足を受け、トラックドライバーの賃金の上昇を前提とした、荷主と運送事業者間における取引条件の改善を目指しているのでしょう。2017年7月に貨物自動車運送事業輸送安全規則の一部が改正され、「荷待ち時間等の記録の義務付け」に続いた国の方策と言えます。(ブログ参照(※1))
これまでのトラック運送業においては、取引上は受託者である運送事業者より委託者である荷主の方がどうしても強い立場にあることから、運送以外の附帯業務にかかる対価などについて、運賃・料金の交渉を行いたくても、取引がなくなることをおそれ、運送事業者が荷主と価格交渉ができない取引慣行が存在していました。今回の改正は、このような運送事業者と荷主間において、適正な取引、適正な運賃が収受できていないことが背景にあります。
これまでも、国土交通省がトラック事業における適正取引の推進及び安全運行の確保に向けた取り組みとして、運行条件に係る重要事項についての書面化を推進するなどし、運送事業者との取引における運送以外の附帯業務について、附帯業務内容、平均所要時間作業を明らかにした上、適正な附帯作業料金、時間単価等を設定し、適正な運賃収受が行われることが求められてきました。
改正のポイント~運賃と料金が別建てに~
今回の改正のポイントとしては、運賃が運送の対価であることを明確化するため、これまで「運賃」として暗黙に含まれていた「附帯作業」、「積込み・取卸し」、「荷待ち時間」についてを「料金」とし、運賃の範囲を明確化し、「運賃」と「料金」を“別建て”にするというものです。荷主企業に対し、運送状に「運賃」と「料金」を区別して記載し、運送以外の役務等が生じる場合はトラック事業者にその対価となる料金を支払い、運送以外の役務等が生じる場合はトラック事業者にその対価となる料金を支払うことを求めています。
(出所)国土交通省
図 運賃と料金の別建て収受のイメージ
また、荷待ちに対する対価は「待機時間料」とし、発地又は着地における積込み又は取卸しに対する対価については「積込料」及び「取卸料」とそれぞれ規定しています。「附帯業務」の内容には、旧約款にあった「荷造り」「出庫仕分け」「検収・検品」の他に、「横持ち・縦持ち」、「棚入れ」、「ラベル貼り」及び「はい作業」を追加されました。これにより、これまでグレーとなっていた運賃の対価とその他運送以外の役務等の対価が明確されることとなりました。
図 運賃、附帯作業、積込み取卸料の範囲旧約款内容(上)と改正内容(下)
運賃と料金の届け出が必要
今回の改正により、運送事業者は、
①改正告示後の新標準約款を営業所に掲示する
②運賃及び変更届け出を行うこと
をしなければなりません。
新標準約款を使用しないことも可能で、この場合は、「旧標準約款を引き続き使用する」、「新たに独自に定めた約款を使用する」ことになります。ただし、「旧標準約款を使用する場合」は、認可申請を行うこと(※この場合平成29年11月4日までに申請が必要)、認可後は旧標準約款を営業所に掲示することが必要であり、「新たに独自に定めた約款を使用する場合」は、①独自に定めた運送約款を使用することについて認可申請を行う、②運賃及び料金の変更届出を行う、③認可された運送約款を営業所に掲示することが必要になります。
注意点として、運賃料金変更届出または約款の認可申請については、平成29年11月4日から30日以内に行う必要があります。運賃料金変更届出または約款の認可申請のいずれも行っていない場合、監査等において違反となります。
運賃や料金の設定について
それでは、運賃や料金はどのように設定すればよいのでしょうか。国土交通省では、各事業者が自社のコストに見合った設定をしていだくのが基本とし、ドライバーあるいは作業員人件費を勘案して、積込料・取卸料を設定する方法を様式例として示しています。(※1)。ただ、今後の荷主・元請け運送事業者との価格交渉にあたっては、燃料費、人件費等のコストに関する客観的なデータの提示や明確な原価計算を行い、自社が提示する価格の根拠を伝えることも必要となるでしょう。国土交通省で原価計算を実施する必要性・効果や手順について整理し紹介していますので、下記にご紹介しておきます(※2)。
※1 参考:国土交通省「運賃料金設定(変更)届出様式例」
http://www.mlit.go.jp/jidosha/jidosha_fr4_000020.html
※2 国土交通省では、「トラック運送業における下請・荷主適正取引推進ガイドライン」の中で、今回の改正に伴い、荷主・元請け運送事業者との価格交渉にあたっての原価計算の実施を促進するため、下記の原価計算に関するガイドラインを紹介しています。
参考:国土交通省「原価計算の活用に向けて」 http://www.mlit.go.jp/common/001185829.pdf
適正な運賃収受に向けたきっかけとして
運送業界は今後、人手不足がますます深刻化するといわれていますが、ドライバー労働条件の改善は、喫緊の課題となっています。近年問題となっている長時間労働を改善するだけでなく、ドライバーの賃金をあげなければ、ドライバーの労働者不足はますます深刻化するばかりです。ドライバーの賃金は他業界よりも低いことは、以前のブログの中でお伝えした通りです(※3)。解決するためには、運送事業者側も荷主から適正な運賃を収受し、従業員であるドライバーの賃金へ反映させていく必要があります。
ドライバー不足から、ニュースでも大きく取り上げられている大手宅配事業者の運賃の値上げの動きがみられますが、一般消費者ではなく荷主として一般企業を直接取引相手とする一般貨物運送事業者の方については、運賃値上げの交渉がまだまだ進んでいないところが多いのではないでしょうか。ただ、今回の改正によって、約款改正後、運送事業者側は、荷主と新たに契約の更新をする場合に、価格や運送条件について荷主との交渉の機会が得られることは確かでしょう。全日本トラック協会によれば、本改正内容について、荷主企業へ理解を深めてもらうことも重要であることから、経済産業省・農林水産省の協力を得て、両省が所管する荷主団体・荷主企業宛てに、国土交通省と全日本トラック協会の連名による周知依頼文書を添付し、広く送付しているようです(※4)。
今回の改正は、運送事業者側がこの新しい約款に基づいて現行の運送契約の見直しを荷主に求め、拒否された場合でも、貨物自動車運送事業法上では、強制力や罰則等はありません(※5)。運送事業者によっては、取引がなくなることを恐れ、現状の収受している運賃の範囲の中で、「運賃」と「料金」を振り分けるだけといった運送事業者もあるかもしれません。ただ、何も変わらないと考えてしまえば何も変わらないでしょう。適正な運賃収受に向けた交渉のきっかけとしてこの機会を活用してみることが必要だと思われます。
※3 過去ブログ参照 https://www.logitan.jp/logitan-blog/2017/10/10/logitan-1710-02/
※4 国土交通省では、下記のQ&Aから、荷主等への周知、強制力についての回答の他に、変更届の様式、料金設定、届出期日と方法、改正前の約款使用、等についても回答しています。
参考:国土交通省「標準貨物自動車運送約款の改正に関するQ&A」
http://www.mlit.go.jp/common/001204843.pdf
※5 あわせて平成29年7月1日に運用が強化された「荷主勧告制度」についても同様にリーフレットを作成し、配布されています。
参考:「約款改正周知用リーフレット」
http://www.jta.or.jp/rodotaisaku/kyogikai/pdf/kaisei_flyer.pdf
参考「荷主勧告制度リーフレット」
http://www.jta.or.jp/rodotaisaku/kyogikai/pdf/Shipper%20recommendation%20system%20Leaflet.pdf