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ベテラントラックドライバーの交通安全対策と安全教育 ~運転の「ありのまま」を知ってもらう~

ベテラントラックドライバーの交通安全対策と安全教育 ~運転の「ありのまま」を知ってもらう~

はじめに

トラックの令和2年の交通事故件数は、国土交通省自動車局自動車運送事業に係る交通事故対策検討会の「自動車運送事業に係る交通事故対策検討会報告書(令和3年度)[第1分冊]」によると13,500件(前年比2,106件減)となっています。平成23年の24,865件から一貫して年々減少しています。これは、トラックの安全性能の向上や「事業用自動車総合安全プラン2020」 1などの取り組みの結果と考えられます。しかし、トラックドライバーの職場が、基本的に公道であることを踏まえると更なる交通事故防止の取り組みが必要となります。また、ドライバーに対する安全教育の推進も重要な課題と言えます。

トラックドライバーの年齢別交通事故の発生実態

昨今、高齢者ドライバーによるアクセルとブレーキの踏み間違いなどによる事故が多数報告されています。令和2年の事業用自動車交通事故の第1当事者の年齢分布をみると、バスやトラックは同じような傾向になっており、タクシーは両者より高齢側に分布しています。トラックに関しては、20歳未満から44歳までは、全体の事故数の4割未満です。そして、45歳から急激に件数が増える傾向があり、45歳以上で全体の6割強の発生件数になっています。最も発生件数が高いのが、50歳から54歳という結果になっています。筆者は、もう少し高齢側に分布しているといったイメージを持っていました。特に45歳から49歳のゾーンで事故数が跳ね上がるのは、意外に感じました。この年代は、仕事に精通し、経験も積み重ね、家庭や会社への責任感などからもより慎重に運転するものと考えていました。

図表1-1:トラック運転者年齢別交通事故件数(令和2年)(グラフ)
図表1-1:トラック運転者年齢別交通事故件数(令和2年)(グラフ)

図表1-2:トラック運転者年齢別交通事故件数(令和2年)
図表1-2:トラック運転者年齢別交通事故件数(令和2年)

出典(図表1共に):自動車運送事業に係る交通事故対策検討会報告書(令和3年度) 〔第1分冊〕 「事業用自動車の交通事故統計(令和2年版)」 令和4年3月 国土交通省自動車局 自動車運送事業に係る交通事故対策検討会

また、重大事故を発生させた運転者の年齢分布についても、トラックに関しては、前記の交通事故件数と同様に45歳以上が全体の6割以上を占めている状況です。重大事故を発生させた運転者の年齢別分布では、45歳から49歳のゾーンが最も多くなっています。トラックドライバーについては、ベテランの域に入る40歳前後から交通事故の発生リスクが高まる傾向にあるといえます。
このようにベテランであれば、経験があれば、事故が少ないといった図式は成り立たない結果になっています。自動車運転の業務はそれだけ大変な仕事といえるのかもしれません。事業者は、プロドライバー、特にベテランだから大丈夫といった先入観を拭い去る必要があります。高齢者ドライバーに40歳以上の中堅ドライバーも含めたドライバー(以下、本稿において「ベテランドライバー」という)に対する交通安全対策・安全教育は、事業者にとって非常に重要な取り組みになります。

図表2:重大事故を発生させた運転者の年齢分布
図表2:重大事故を発生させた運転者の年齢分布

出典:自動車運送事業に係る交通事故対策検討会報告書(令和3年度) 〔第2分冊〕  
「自動車運送事業用自動車事故統計年報(自動車交通の輸送の安全にかかわる情報)(令和2年)」
令和4年3月 国土交通省自動車局  自動車運送事業に係る交通事故対策検討会

物流の2024年問題

人口減少や少子高齢などを背景にトラックドライバー不足問題が顕在化してかなり時間が経過しました。その間、業界全体としても若手ドライバーの採用や女性ドライバーの活用に力を入れてきました。しかし、業界イメージや厳しい労働環境などからドライバー不足問題の解決には至っておりません。それどころか、いわゆる「物流の2024年問題」を考慮すると事態はより深刻化していると考えられます。物流の2024年問題とは、ドライバーの時間外労働時間規制によって発生する諸問題の総称のことです。具体的には、2024年4月1日以降、年間の時間外労働時間が960時間に制限されることになります。この規制は、トラック運送業界に常態化している長時間労働是正の取り組みとして大きな効果が期待されます。
一方、一人のドライバーの稼働時間が短くなるため、同じ生産性ではより多くのドライバーが必要になります。仮に若手ドライバーの採用や女性ドライバーの活用が進んでもそれだけでのドライバー不足解消は不透明です。
そこで、現役ドライバーの離職防止やベテランドライバーの第一線での活躍期間の延長がより重要になります。この場合、ドライバーの高齢化という問題も合わせて考える必要があります。高齢となってもドライバーとして活躍することは社会、会社、本人にとっても望ましいことと言えます。しかし、トラックドライバーの年齢別交通事故件数の実態を踏まえると、まさにベテランドライバーに対する交通安全対策や安全教育の強化は必須になります。

ベテランドライバーの運転にありがちな傾向

ベテランドライバーは、状況判断や自身の運転技術に「過度」に自信を持っている傾向があります。この自信は客観的なものというより、経験則に基づくような場合も多々あります。例えばこの道は何度も運転して熟知している、この場所は塀や橋脚で死角が多い、ここは渋滞が多いなどです。こうした経験や情報は、事故防止に大いに役立つことは事実ですし、否定する気は毛頭ありません。しかし一方で、「いつもこの交差点は歩行者がいない」、「ここから車が出てくることはない」などの先入観が強いと安全確認が甘くなることも想定されます。また、経験から「相手の車は止まるだろう」、「歩行者は出てこないだろう」などといった「だろう運転」につながる可能性があります。さらに、慣れから油断し、漫然運転やながら運転を招く危険なども懸念されます。先入観や過度な自信は逆に危険な運転を助長することがあることを認識しておく必要があります。

ベテランドライバーの交通安全対策・安全教育の難しさ

ベテランドライバーの場合、一般的に自信に加えて高いプライドを持っています。プライドを持つことは大切なことで自信と同様に決して悪いことでも何でもありません。ただ、時折見かけるのが、自信やプライドが影響して他者のアドバイスや注意、指導を素直に受け入れられないといった場面です。特に安全研修等の座学の場面で、いかにも「また分かり切ったことを言っているな。」といった類の反応です。この傾向は、指導者が後輩や年下、事務職などであったりするとより顕著となります。いずれにしても、ベテランドライバーには、お題目を唱えたような安全運転の注意喚起では心に響かないといことです。ここに若年者や初任運転者を対象とするよりもベテランドライバーへの交通安全対策や安全教育の難しさの現実があります。それでは、ベテランドライバーへの交通安全対策・安全教育はどのように進めたらよいのでしょうか。

基本的な交通事故対策と安全教育の重要性

ベテランドライバーの交通事故対策に近道はなく、基本的対策や安全教育を愚直に実行する必要があります。その際に参考になるのが、公益社団法人全日本トラック協会のトラック運送事業高齢者雇用推進委員会の「トラック運送事業高齢者雇用推進の手引き ~高齢ドライバーを活用するために~」という冊子の内容です。冊子では、高齢ドライバーに配慮した安全対策の徹底 として、「運転に当たっての注意喚起」、「労災防止に関する意識の高揚」、「車両設備の整備」を挙げています。また、高齢ドライバーの加齢に伴う心身機能の変化を踏まえた健康管理の強化についても言及しています。具体的には、「加齢に伴う心身機能の変化への対応」、「健康診断の受診の徹底と対応の強化」、「健康管理に関する意識の醸成」、「運転者適性診断の受診の徹底」です。さらに、高齢ドライバーに対する負荷の軽減などについても紹介しています。高齢ドライバー向けの冊子にはなっていますが、高齢までいかないベテランドライバーにも対して有益な内容になっています。少なくとも、ベテランドライバーに事業用自動車のハンドルを握らせるためには、これらの取り組みは必須といえます。特に運転者適正診断については、法令に定める基準での実施はもちろんのこと、事業者は必要応じてベテランドライバーにも臨機応変に受診させることが必要だと考えます。この点については、後述しますので、次に運転者適正診断について確認しておきます。

運転者適正診断

貨物自動車運送事業者が事業用自動車の運転者に対して行う指導及び監督の指針では、高齢者の適性診断の受診について、次のとおり定めています。

〔貨物自動車運送事業者が事業用自動車の運転者に対して行う指導及び監督の指針〕より抜粋
4 適性診断の受診
⑴、⑵  ~ 中略 ~ 
⑶ 高齢運転者
適齢診断(高齢運転者のための適性診断として国土交通大臣が認定したものをいう。)を65才に達した日以後1年以内(65才以上の者を新たに運転者として選任した場合には、選任の日から1年以内)に1回受診させ、その後3年以内ごとに1回受診させる。

このように高齢運転者には、65歳に達した日以後1年以内、その後3年以内毎に1回適正診断受信が義務付けられています。

運転の「ありのまま」を知ってもらう教育指導

ベテランドライバーの交通安全対策、安全教育については、ベテラン故の困難さがあることは既に述べたとおりです。ただ、根本にあるのはベテランドライバーが自身の運転を客観的に理解していないことだと考えます。反応の速さ、判断の正確性、慎重さ、運転のクセなどを自身で的確に把握していないということです。ベテランですから、新人ドライバーや後輩など他人の運転スキルやクセなどは即見抜き、悪い部分を指摘できることでしょう。しかし、自身の運転は第三者視点で見ることがほぼ無いはずです。そのため、自身の運転はわかっていない。自身は高いスキルで正しい安全運転をしていると思い込んでいることが考えられます。交通安全対策や安全教育を真剣に受けとめてもらうためには、運転に関する客観的事実を示し、可能な限り自身の運転を「見える化」して教育指導することが重要です。それは、自分自身の運転の「ありのまま」を知ってもらうことです。ありのままを把握できれば、まさにベテランですから、注すべき点、改善すべき点を自ら見つけて取り組むことは難しいことではありません。
そこで、前述した運転者適正診断の活用です。適正診断については、費用も時間も要するので、定められた時期を上回る受診は簡単ではないかもしれませんが、可能な限り受診の頻度を高めることは効果的です。認定機関が行って客観的な結果が示されますので、若年者や事務職が講師となって行う座学の講義より説得力があるはずです。そして、定期的に受診することができれば、診断結果の推移から自身の変化を客観的に理解することができます。いわば定点観測のようなものです。自身の現状や変化を知ることでより運転に慎重になることもできるはずです。事業者は、法令で受診が義務付けられている高齢者のみならず、ベテランドライバーを含めての運転者適正診断の活用についても改めて積極的に検討することを期待します。
もう一つドライブレコーダー等を活用した日々の安全教育も非常に効果的です。ドライバーの人事評価の際にドライバーが口癖のように言うフレーズがあります。それは、「運転しているところも見てもいないで、何で評価ができるんだ!」といった類のものです。以前は、ドライバーが出庫してしまうと帰庫するまで実際に何をやっていたかわからないということがありました。しかし、現在は、デジタルタコグラフの性能も進化しています。運転中の速度・走行時間・走行距離などの運行データを正確かつリアルタイムに記録することができます。また、機種によってはこれらの運行データの他にも位置情報やエンジン回転数などが記録可能です。急加速・急減速、アイドリングの無駄、危険運転などを明確に「見える化」することができます。これらの記録を基にドライバー一人ひとり対して日々指導することは事故防止に非常に有効です。さらにドライブレコーダーを活用すれば、事務所からの車両位置確認、走行中・積荷・荷卸・休憩などのステータス把握、急ブレーキ急ハンドルなどのアラートの即時把握も可能です。トラック車内の映像記録もできることから運転中のドライバーを常にモニタリングできます。こういった「見える化」は、ドライバーに好評とは言い難いかもしれませんが、悲惨な交通事故を防ぐためには有効な手法です。たとえば、一時停止を怠る、脇見運転といった行為が1件でもあれば、厳重に都度注意指導しなければなりません。後日まとめて注意では効果が薄れてしまいます。ヒヤリハットについても同じです。有名なハインリヒの法則では、1件の重大事故の背後には、事故寸前だった300件の案件(=ヒヤリハット)が潜んでいるとされています。ドライブレコーダー等を活用して、このヒヤリハットの原因を1件毎に分析して再発を防ぐことは非常に有益なことです。

図表3:ハインリッヒの法則
図表3:ハインリッヒの法則

図表4:ベテラントラックドライバーの交通安全対策と安全教育の留意点
図表4:ベテラントラックドライバーの交通安全対策と安全教育の留意点

出所:NX総研作成

最後に

交通事故の撲滅は、ドライバー任せでは限界があります。事業者が対策や教育を創意工夫して効果的なものにしていく責務があるのです。交通事故やトラックドライバー不足の実態を踏まえ、ベテランドライバーへの交通安全対策、安全教育を基本に立ち返って愚直に実施することが円滑な物流の維持にも繋がるのです。昨今、スマホアプリなど目新しい教育方法に目が行きがちです。しかし、特にベテランドライバーに対しては面と向かった基本的教育が未だに有効であると考えます。そして、繰り返しになりますが、客観的事実と見える化を通して、自身の運転の「ありのまま」をきちんと理解してもらうことが意識・行動の変革の出発点になるものと考えます。トラックの安全性能の向上や自動運転技術の進化を期待しつつも、事業者としてできる基本的対策と教育を真摯に実施していくことがいま改めて求められているのではないでしょうか。

(この記事は2022年5月20日の情報をもとに書かれました。)

  1. 平成29年6月に国土交通省が策定、公表した2020年までを計画期間とする安全対策プランです。このプランでは、軽井沢スキーバス事故等を受けた安全対策や、行政・事業者の安全対策の一層の推進と利用者を含めた関係者の連携強化による安全トライアングルの構築等の新たな施策を追加されるとともに、各業態(バス、トラック、タクシー)における目標設定を行うこと等により、より安全な輸送サービスの提供の実現を目指すとされました。トラックに関しては、2020年までに死者数200人以下、事故件数12,500件以下という目標値が設定されました。なお、現在は令和3年3月30日に公表された「事業用自動車総合安全プラン2025」が進行中です。

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