1.はじめに ~ロジスティクス・ビジネス・トランスフォーメーション~
筆者が物流に携わるようになって30年が経ちました。物流事業会社経験からの目線、ビジネスコンサルティング会社経験からの目線の両方の軸で、物流やロジスティクス、サプライチェーンの変遷を間近に見てきました。この30年間で物流、ロジスティクスは加速度的に進化を遂げています。筆者が新卒で入社した物流会社は当時、手作業が主体の業務でありました(筆者自身、入社当時は4tトラックのチャータードライバー、宅配の集配ドライバー、倉庫のフォークリフトオペレーターの実務経験を積んできました)。一人一台のパソコンではなく各部署に一台、現場ではフォークリフト以外はほぼハンドリングの世界で業務を遂行していて、自動化や省力化とはほぼ無縁の世界でありました。唯一、送り状やピッキングリスト、荷札ラベル等の帳票類がドットプリンターやラベルプリンターで自動出力されていた程度でした。見方を変えれば、アナログ的ではあるものの、職人気質の強い業界であったように思えます。
1980年代後期ごろから、サプライチェーン、ロジスティクスの概念が欧米から訪れてきました。筆者がロジスティクスを知ったのは、1990年代初頭でしたが、その当時、国内物流に戦略という思考(考え方)はあまりなく、改善(≒作業の効率化・合理化)に寄った思考が主流でした。物流は当時、川下の業務にフォーカスされ、計画系などの川上の改革に着手することは少なく、戦略の領域が手付かずのままでした。しかし、1990年代後期からコスト、人手不足、労働時間、安全性、環境の問題など多くの課題を抱える物流を黙認、スルーし続ける訳にはいかなくなりはじめ、企業は揃って戦略的思考を基に物流の見直しを図るようになりました。また、それらの思考変動と併せて、サプライチェーンマネジメントの概念と組み合わさる形で今日の物流やロジスティクスのプロセス、システムが設計、構築されるようになりました。
その後、様々な過程を経て、物流は近代化・高度化しました。市場の多様化に伴い、物流は今や公共インフラとも言える存在になっています。また、自然災害などによる物資供給に必要なライフラインを支える存在でもあります。
一方で、物流は労働集約型の産業であるため、労働人口減少の影響に直撃しています。このままですと、社会インフラだけでなく、生活インフラとしての物流も成り立たなくなることが予想されます。
本ブログを執筆するきっかけになったのは、改めてこれらの問題に警報を鳴らすと同時に、各企業や自治体などが目先の課題のみに捉われることのない、中長期的計画の下で戦略を示唆することができる、『物流戦略・改善組織』 の在り方を提起したいことに起因しています。物流、ロジスティクスが進化、発展していく背景には、社会や市場の変化だけでなく技術の発展も大きく影響しています。戦略思考をベースとするコア・コンピタンスな組織・体制を編成し、今後のロジスティクスや物流に更なる変革(ロジスティクス・ビジネス・トランスフォーメーション)をもたらさなければならないと感じております。
2.企業の物流戦略・改善組織の編成で実現できること
ここで述べている企業の物流戦略・改善組織について欧米では 『ロジスティクス・ストラテジック・エンタープライズ』 と呼称されています。企業の物流戦略を全社的に実行し、定期的に評価や改善を行い、企業の物流の持続可能な成長を実現させるためのアイデアの創造、創出を支援するバックアップ組織のことを意味します。また、企業が中長期的な視点で物流戦略を策定し、それを実行して競争優位性を確保、担保していくことも含まれます。これらを物流やロジスティクスの戦略・改善組織として編成し、実運用していくことで、以下のようなことが実現できるようになります。(図表②を参照)
一昔前までの物流は、荷主(顧客)第一主義、いわゆる、荷主と物流事業者間は供応(≒おもてなし)の商習慣が定着していたため、荷主側の業務に寄り添った顧客優先のオーダーメイド型事業でありました。しかし、近年では逆の思考、つまり、荷主と物流事業者が共に物流を創造する共同構築・共存運用がトレンドになってきており、荷主と物流事業者の両社が相乗する形でイニシアチブをとりはじめています。
図表②をご覧ください。ここから言えることは、荷主(顧客)のサービスレベルや評価指標の設定、業務の前提定義、低コスト運用の要請により、標準化された業務プロセス、デファクトスタンダード化されたシステム、直近で対応する個別改善ではない中長期目線での施策実行計画、業務のリスクヘッジ、関わる部門やリソース(人材)の役割分担の明確化など、現場起点以外の上流側から生まれた要件及び、戦略・改善思考のロジスティクスが重要視されてきていることがわかります。
国内における物流やロジスティクスは、未だに属人的な作業が多く存在しているのも事実です。定型化が難しい環境もあることから、自動化や省人化といったシステマチックな技術を導入することが厳しい領域もあります。また、先端技術の開発、導入にかかる費用が高いことも起因しています。現在も多くの企業が最先端のテクノロジーを利活用したとしても、現場の経験や勘を超えることができないといった潜在意識が今でも強く根付いている状況も一部あります。これらの問題は、現場主導優先主義における個別最適、つまり、ボトムアップ型のアプローチでは解決が困難であります。この問題を解消させるには、企業の物流現場を掌る各事業部に対して組織横断機能(横ぐし機能)を担う、物流の戦略・改善組織を設置する必要があると思料します。
3.物流戦略・改善組織の在り方 ~ロジスティクス・ストラテジック・エンタープライズ~
今では当たり前のように提唱されている“ビジネス・トランスフォーメーション(BX)”のことを、筆者はかつて、ビジネス・プロセス・リエンジニアリング(BPR)と解釈していました。トランスフォーメーション然り、リエンジニアリング然り、結局のところ物流やロジスティクスはプロセスとオペレーションで構成されるビジネスです。プロセスやオペレーションをいかに効率化し、いかにして生産性(スループット)を向上させるか、そしてそれらをどのように形式知化させて、人間工学に即した最適なものにしていくかは、戦略と改善の思考の組み合わせが必要であると考えます。表現を変えれば、プロセスとオペレーションを競争力の源泉とするロジスティクス・エクセレンス、いわゆる最適化、差別化のドライバー(企業の業績や成長を決定する主要な要素や、市場や競合環境の変化に対する対応策の中心となる要因)を考えることができるワークフォースマネジメントの組織が必要になります。それにより、点の最適化、差別化から、線や面の最適化、差別化が実現できるようになるでしょう。これらは単なる改善思考のみの発想ではできません。
アメリカの経営史学者であるイゴール・アンゾフが唱えた、「戦略は組織が決まってはじめてその在り方が決定されるべきである」と言う、『戦略は組織に従う』 の考え方が、企業に機能配置化する必要があるのではないでしょうか。先の2章で述べている、物流戦略・改善組織の在り方、いわゆる 『ロジスティクス・ストラテジック・エンタープライズ』 のコンセプションを取り入れ、物流やロジスティクスをプロセスやオペレーションのビジネスから、それらを制御することができる“コントロールビジネス”へと転化させ、新たな変革への一歩を踏み出すべきであると考えます。
4.おわりに ~物流戦略・改善組織の普及を!~
最後に、図表③-1と図表③-2をご覧ください。企業における、物流戦略・改善組織の保有率と成果傾向の調査内容を取りまとめたものになります。
物流戦略・改善組織を保有し運用している企業は、全体の約6割強を占めていますが、その中で組織として機能していて成果をあげている企業は5割にも満たない結果となっています。多くの企業は物流戦略・改善組織を保有しているものの、思うような成果があがっていない、機能していないといった傾向が半数弱に見受けられました。内訳の詳細は把握していませんが、戦略・改善機能を部分的に外部(コンサルティング会社等)へ委託している企業もあるようです。また、自社内部で実施するには、戦力となるリソース(人材)がいないため、機能不全が起こってしまうケースも少なくないようです。なお、戦略・改善機能は保有していないけれども、物流委託事業者の管理(指示・情報共有等)のみを行っている組織(部門)も相応に見受けられます。
一部の国内企業では物流やロジスティクスにおいて、現場で得られる気づきの部分から生み出される俊敏性や機敏性、機動性など、上流の戦略思考が入り込むことで、それらの強みが奪われてしまう懸念もあるという声も少なくありません。しかし、物流戦略・改善組織が存在しなければ、企業の成長阻害に繋がりかねません。したがって、あらゆる業界、業種、業態において、物流戦略・改善機能の普及が急務であるのではないかと思料します。これは、コングロマリット(分野の異なる様々な業種や事業を展開している巨大企業体)を対象とした企業だけでなく、中小・零細企業においても不可欠であると言えます。
これまでの物流改革や変革は、発明や技術によって進化、高度化され、結果として後付けで改革や変革と定義付けされてきました。それに対し、これからの改革や変革は高度な技術を使用することを手段にして、劇的に変化を起こそうとする人為的且つ意図的な戦略や計画に基づき定められていくものであり、これらがロジスティクス・ビジネス・トランスフォーメーションに大きな影響を及ぼすものと考えられます。
市場において、物流戦略・改善組織の浸透がまだまだ低い傾向にあります。物流戦略・改善組織の更なる強化、拡大、存在意義の重要性を再認識、再定義しなければならないと思料します。そして、現場で起こっている問題を解決するための次世代を担う戦略・改善組織ならびに機能の普及を願ってやみません。
(この記事は2024年10月28日時点の状況をもとに書かれました。)