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医療用医薬品の物流について

医療用医薬品の物流について

これまで医療用医薬品を利用されたことのない方は少ないのではないかと思います。

医薬品は人体に直接影響を及ぼすことが多いため、流通段階や物流に関して、医薬品メーカーが医薬品ごとに定めた温度や振動、遮光などに対する高い品質での取扱いやサービスの提供が要求されます。

これらの要求を満足させるためには、厚生労働省が発出した「医薬品の適正流通(GDP)ガイドライン」に沿った運用を行うことが必要と思われます。我が国のGDPには法的拘束力はありませんが、安全・安心を担保するためには、GDPに沿った取り扱いを行うことが非常に重要といえるでしょう。

1.医療用医薬品は何種類ぐらいあるの?

我が国では、医薬品は「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(旧薬事法)」の第二条二によって「人又は動物の疾病の診断、治療又は予防に使用されることが目的とされている物であって、機械器具、歯科材料、医療用品及び衛生用品(以下「機械器具等」という。)でないもの(医薬部外品を除く。)」と定義されています。本稿で解説する医療用医薬品とは、医療機関等で保険診療に用いられる医薬品(一般的には、処方箋等に基づいて提供される医薬品)であり、全体で13,056種類(2024年8月15日現在)あります。なお、官報では、医薬品は「内用薬」、「注射薬」、「外用薬」、「歯科用薬剤」別にリストが告示されています(薬価基準に収載されている)ので、興味のある方は官報をご覧下さい。

図表1 医薬品の数
図表1 医薬品の数
資料:厚生労働省HPよりXN総研作成(2024.08.15現在)

2.医薬品の流通経路

医薬品は、基本的には「医薬品メーカー」⇒「医薬品卸」⇒「医療機関等(病院等)」、「薬局等(ドラッグストア等を含む)」の経路を経て、患者など医薬品を必要とされる人などに提供されます。国内の主な医薬品メーカーは「武田薬品工業(売上高約42,638億円)」、「大塚HD(同 約20,186億円)」、「アステラス製薬(同 約16,017億円)」、「第一三共(同 約16,017億円)」、「中外製薬(同 約11,114億円)などが上位を占めています(図表2参照)。

図表2 2024年版 製薬会社 売上高ランキング
図表2 2024年版 製薬会社 売上高ランキング
出典:【2024年版】国内製薬会社ランキング トップ武田は4.3兆円、2位は大塚HD、3位アステラス | AnswersNews (ten-navi.com)

また、流通の中心を担う医薬品卸は「メディパルHD(売上高約33,600億円)」、「アルフレッサHD(同 約26,960億円)」、「スズケン(同 約23,248億円)」、「東邦HD(同約13,996億円)などが占める割合が高くなっています(図表3参照)。

図表3 2023年3月期 大手医薬品卸の業績
図表3 2023年3月期 大手医薬品卸の業績
出典:AnswersNewsHP

3.医療用医薬品を安全に物流する

医療用医薬品を安全に患者まで届けるためには、メーカーが医薬品を製造してから患者さんが服用したり、使用したりするまで高い品質基準にしたがった物流(保管や荷捌き、輸送など)が必要となります。

例えば、2019年に発生して社会問題になるまで一気に感染が拡大した「新型コロナウィルスによる感染症(COVID-19)」対策として、コロナウィルスワクチン(ファイザー社製)の接種が、2021年から国民に推奨されました。このワクチンは、超低温(冷凍庫)状態での保管(-90〜-60℃:9ヶ月間までの保存が可能)が不可欠であり、超低温冷凍庫での保管から出して(出荷して)からは、冷凍(-25〜-15℃:14日までの保存が可能)状態での保管(冷凍庫)や輸送(冷凍車)が要求されました。また、接種前には、冷凍状態から解凍して冷蔵(2〜8℃:1か月までの保存が可能)に戻す必要があり、解凍したワクチンに生理食塩液を加えて希釈してから接種していました。希釈はワクチン解凍後2時間以内に行い、希釈したワクチンは、希釈後6時間以内に接種しなければいけませんでした。コロナウィルスワクチンは、このように、非常に厳しい取扱い条件の下で保管や輸送が行われましたが、「-90〜-60℃」での保管や輸送などに関しては、一般の方はもとより、物流関係者の方でもあまり聞いたり経験したりしたことはなかったのではないでしょうか(参考:一般家庭にある冷蔵庫の冷凍室の温度は「-20〜-18℃程度」)。
 (資料参考:新型コロナウィルスワクチンの接種体制確保に係る自治体説明(第8回)資料;日本医師会 よりNX総研作成)

話を我が国の医療用医薬品(コロナウィルスワクチンも含みます)に戻します。

医薬品の取扱いの条件は医薬品を製造した医薬品メーカーが決めますが(詳細は官報に告示されています)、取扱いの温度帯は「常温(9〜32℃)」から「冷凍(極低温:-75℃以下)」まで大変幅広く分布しています。保管時には加温庫や冷蔵庫、冷凍庫や超低温庫など機械式の設備で対応することが可能ですが、輸送時には機械式の装置が利用できないケースも少なくありません。このような場合には、専用の容器に蓄熱材などを使用して条件を満足する輸送を行うことになります。「-18℃」くらいまでは「専用容器と蓄熱材」で輸送(あるいは冷凍車を使用)することも可能ですが、「-18℃以下」の輸送では「専用容器とドライアイス」が必要になり、「-75℃以下」の輸送では「専用容器と液体窒素」の組み合わせを考える必要がでてきます。

蓄熱材やドライアイス、液体窒素などを使用して温度を適正に維持するためには、輸送容器の大きさや保温性能、収納する医薬品の数量(容積や重量)や輸送中の温度環境(外気温など)の他に輸送時間(保管状態から出荷してから配送先の保管庫に格納されるまでの時間)が非常に重要な要素となります。なぜなら、これらの要素に応じて、輸送容器の中に入れる蓄熱材やドライアイスの量をコントロールしなければならないからです(指定された温度から温度が下がりすぎてもいけない)。逆に、輸送時間が長くなる場合には輸送の途中でこれらの資材を追加する必要となる場合もあるからです。これらの資材は、適正な量を、正しく使用しなければ期待した効果を得ることができず、結果的に荷主から要求される基準を満足する物流を提供できないということになります。

言うまでもありませんが、輸送中の品質を担保するためには、保管中、輸送中とも継続して温度を計測し、計測した結果を記録しておくことは非常に重要です(不可欠といっても過言ではないでしょう)。可能であれば計測結果をリアルタイムで管理し、問題が生じたときにすぐに対応(対策を取る)できる環境・体制を整えておくことが望ましいと思います。

その他に物流を行うときに考慮しなければならない条件としては「振動」や「衝撃」、「遮光」などへの対応がありますが、これらに対しては、メーカーで医薬品を製造する際の梱包の工夫や緩衝材などの使用によって対応されているケースが多いと思われるので、特に注意がない限りあまり問題とはならないでしょう。

4.医薬品の物流とGDP

医薬品のGDP(Good Distribution Practice)とは、医薬品の適正流通基準のことです。

我が国では、医薬品の市場流通における流通経路管理保証、医薬品の完全性の保持、更に偽造医薬品が正規流通経路へ流入することの防止を図ることを目的として2018年12月に厚生労働省より「医薬品の適正流通(GDP)ガイドライン」が発出されました。

本ガイドラインに法的拘束力はありませんが、患者などに医薬品が使用されるまで高品質で安全な環境下で流通されたことを担保するためには、ガイドラインに沿った取り扱いを行うことが非常に重要といえるでしょう。

近年、日本市場において増加傾向にある希少疾病薬を含め、高額医薬品やバイオ医薬品、再生医療等製品などに関しては、より一層厳格な温度管理、在庫管理、セキュリティ管理が必要とされており、GDPガイドラインを遵守した流通、物流の実施が不可欠になっていくと思われます。

なお、欧州や北米ではGDP(国によっては別の名称になっていることもあるが、内容や基準に関しては類似している)に法的拘束力を持たせている国もあるので、注意が必要です。

図表4 医療用医薬品の取扱い温度と適応する資機材
図表4 医療用医薬品の取扱い温度と適応する資機材
資料:厚生労働省HPよりNX総研作成

(この記事は2024年9月18日時点の状況をもとに書かれました。)

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