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物流のSDGsに貢献する国際輸送のGHG排出権取引についての雑感

物流のSDGsに貢献する国際輸送のGHG排出権取引についての雑感

日本でも自動車関連など一部の業界において、Tier1事業者の要請により、脱炭素の取り組みが求められると聞きます。加えて、脱炭素への取り組みや情報公開が入札の条件となることもあるようです。また、カーボンニュートラルを謳う物流サービスも増えています。今回はそうした企業活動に求められている温室効果ガス(GreenHouse Gas1、以降「GHG」と略)の削減、その中でも特に、貿易に係る物流活動(国際輸送)に関連するGHG プロトコル2 Scope3 Category4, 9(輸配送、保管、荷役)に係る排出権取引についての雑感をお伝えします。尚、ここで言う排出権とは国際輸送において、GHG排出量を化石燃料と比べどの程度削減したかを主張するための権利、排出量取引とはその権利に「所有権(財産権)」をつけて売買することとお考えください。

先ず、GHG排出量の削減対象となる範囲について簡単にまとめます。2015年の「国連気候変動枠組条約締約国会議(通称COP21)」で採択された気候変動問題に関する国際的な枠組みを「パリ協定」と呼びます。パリ協定では世界共通のGHG削減目標として「2度目標(努力目標1.5度以内)」が設定されました。そして、目標達成を明確にするため、パリ協定が求める水準と整合した、企業が設定する温室効果ガス排出削減目標として、SBT(Science Based Targets:科学と整合した目標設定)と言う考え方が示されました。SBTでは「事業者の排出量算定及び報告に関する標準」として、企業がGHG排出の削減目標を設定する上で必要となる考え方などが示されています。

図 1 SBTのGHG削減対象となるサプライチェーンのイメージ
図 1 SBTのGHG削減対象となるサプライチェーンのイメージ
出所:環境省ホームページ「グリーン・バリューチェーン・プラットフォーム」に掲載の資料に加筆

SBTにおけるGHG削減対象はサプライチェーン全体を対象としています(図 1参照)。SBTでは自社が自ら直接的に排出するGHGをScope1、他供給された電気、熱・蒸気などの使用に伴う間接的に排出するGHGをScope2、原材料調達から販売までのすべての事業活動(事業者の活動に関連する他事業者の排出)において間接的に排出されるGHGをScope3とし、Scope1~3のすべてをサプライチェーンにおけるGHG排出量の削減対象としています。

さらに、Scope3は15のCategoryに細分化されます。この内、調達・社内間物流に該当するCategory4と販売物流に該当するCategory9が貨物運輸部門(物流サービス)としての削減対象としています(図 2参照、国内における算定方法は『「サプライチェーンを通じた温室効果ガス排出量算定に関する基本ガイドライン (ver.2.5)」環境省/経済産業省, 2023年3月』参照)。

図 2 Scope3の15のCategory
図 2 Scope3の15のCategory
出所:環境省ホームページ「グリーン・バリューチェーン・プラットフォーム」に掲載の資料に加筆

先ずは、Scope 1,2の自社の経済活動で発生するCO2等のGHGを削減することが基本的に求められています。つまり「自助努力で削減せよ!」ということです。その上で「サプライチェーンにおける事業活動に関する間接的なGHG排出の削減にも関与せよ!」というのがScope3と言えます。

自社で排出したScope 1,2のGHG排出量の算定は国からも基準が示されているので、手間とコストは掛かりますが、算出可能と考えます。しかし、間接的に物流事業者等の自社以外の事業者が排出して、自社でそのサービスの一部を利用した場合、どのようにGHG削減を把握するのでしょうか。結論から言えば、本稿の執筆時点では主に自社以外の事業者(物流事業者など)に証明してもらう必要があります。Tier1事業者の要請でGHG排出量を算定する行為と同様に、荷主から物流事業者にGHG排出量の算定、削減量の証明を求める必要があるということになります。

ここからは貿易に係る物流活動(国際輸送)の代表として国際航空貨物輸送を例に考察してみます。国際航空貨物輸送では「持続可能な航空燃料(Sustainable Aviation Fuel、通称SAF)」3を使用した航空機での国際貨物輸送に対し、主にCO2を削減したことを証明する書類を発行している場合もあります。こうした証明書類は国際的認証機関の認定を受けていて、証明書類によって国際航空輸送に係るScope3 Category4, 9のGHG排出削減を把握することができます。

SAFは原材料の調達から製造、輸送、供給(給油)、使用(航空機での消費)に至るサプライチェーン全体を管理(管理の連鎖(Chain of Custody ; CoC)という)されています。ここで言う「管理」とは簡単に各工程で正しくGHGの排出量を把握し、削減量を明確にしていることとお考えください。そうしたサプライチェーン全体の管理は第三者機関に認証(CoC認証)されています。CoCが正しく把握されていることで、目には見えない排出量の取引が成立するわけです。

図 3 マスバランス方式のイメージ
図 3 マスバランス方式のイメージ

図 4 ブックアンドクレーム方式のイメージ
図 4 ブックアンドクレーム方式のイメージ

SAFの代表的なCoCとしてはマスバランス方式とブックアンドクレーム方式があります。マスバランス方式では利用した航空機がSAFを使用して削減したCO2などのGHGを利用貨物に応じて配分します(図 3参照)。ブックアンドクレーム方式では他の経路で削減したCO2などのGHGを別の輸送経路に割振ることのできる仕組みです(図 4参照)。ブックアンドクレーム方式は少し特殊な方式で、SAFによるGHG排出量の削減効果を化石燃料による輸送でも享受できるようにした仕組みなのです。それというのも、SAFの普及量は2022年時点で世界の航空ジェット燃料0.1%程度4、我が国政府の目標でも2030年までに日本国内の航空輸送で使用する航空燃料の10%をSAFに置き換える5というもので、希少な燃料と言わざるを得ません。そのため、現時点でSAFは全世界何処でも供給を受けられるわけではないのです。また、通常の航空燃料に比べSAFは非常に高価となり、輸送費用も大幅にアップします。コストに係わらず、希少な燃料(SAF)によるGHG排出量の削減効果を享受したいという需要に応えるべく整備されたCoCが、ブックアンドクレーム方式と言えるのです。

ところで、皆さんはブックアンドクレーム方式でGHG排出量の削減効果を化石燃料の使用による他の輸送経路で享受できるとするならば、トラックや船で削減した効果を国際航空輸送のGHG排出削減の効果に代替えできないかとお考えになられたことはないでしょうか?
答えは「できません」です。なぜか。その理由はルール(規定)を主導する国際機関が異なることに起因します(図 5参照)。京都議定書(1997年:COP3)において、各国国内の詳細なルール(規定)は各国で決めることになりました。しかし、複数国や公海に関係する国際航空と国際海運は各国で設定するGHG排出量削減目標の対象外となっています。国際航空は国際民間航空機関(ICAO; International Civil Aviation Organization)を通じて、国際海運は国際海事機関(IMO:International Maritime Organization)を通じて、GHG排出量削減目標などを設定することになっているのです。

図 5 規定の国際主導機関
図 5 規定の国際主導機関
出所:主導機関ホームページ、その他各種資料からNX総研にて作成

ICAOの削減形式は「排出量取引」形式で、前述のマスバランス方式やブックアンドクレーム方式となります。IMOは暫定的にICAOの「排出量取引」形式を認めているものの、現状、正式に決まっていません。各国の対応はキャップ・アンド・トレード形式など様々です。基準が揃っていないために国際航空輸送と国際海上輸送、各国内輸送のGHG排出量削減は別々に扱う必要があるわけです。

上記は一例でしかありませんが、現状、貿易に係る物流活動(国際輸送)に関連するGHG プロトコル Scope3 Category4, 9(輸配送、保管、荷役)の取り組みは黎明期であり、荷主事業者、物流事業者(特に、フォワーダー、NVOCC)にとって、使い勝手が良いとは思えません。環境対応で先行する欧州諸国でも様々な試行錯誤が試みられています。今しばらく時間が掛かることになるかもしれませんが、今後、公平で透明性の高い方法が提供されることになると思われます。

(この記事は2024年6月5日の情報をもとに執筆しました。)


  1. 太陽光などで暖まった地表面の熱は赤外線として宇宙空間へ放射されるが、大気中には一部、熱(赤外線)を吸収する性質を持つガスが存在する。GHGはそうした大気中に存在する熱(赤外線)を吸収する性質を持つガスのことで、二酸化炭素(CO₂)、メタン(CH₄)、一酸化二窒素(N₂O)、ハイドロフルオロカーボン類(HFCs)、パーフルオロカーボン類(PFCs)、六フッ化硫黄(SF₆)、三フッ化窒素(NF₃)の7種を対象とする。
    出所:環境省ホームページ「温室効果ガス排出・吸収量等の算定と報告」
  2. オープンでは包括的なプロセスを通じて、国際的に認められたGHG排出量の算定と報告の基準を開発し、利用の促進を図ることを目的に、世界環境経済人会議(World Business Council for Sustainable Development:WBCSD)と世界資源研究所((World Resources Institute:WRI)が主導し、各国の政府機関も関与して、策定された事業者の排出量の算定及び報告の基準やガイダンス
    出所:環境省ホームページ「温室効果ガス(GHG)プロトコル~事業者の排出量算定及び報告に関する標準~」を基に作成
  3. 廃食油、サトウキビなどを原料とするバイオマス燃料や、都市ごみ、廃プラスチックなど廃棄物や再生エネルギーを原料とした航空燃料、従来の原油から精製される航空燃料に比べ、約60~80%のCO2削減効果があるとされる
  4. 出所:経済産業省『GX実現に向けた投資促進策を具体化する「分野別投資戦略」』の「参考資料(持続可能な航空燃料(SAF))」, 2023年12月
  5. 出所:経済産業省資源エネルギー庁『第4回 持続可能な航空燃料(SAF)の導入促進に向けた官民協議会』事務局資料, 資源エネルギー庁, 2024年1月

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