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スイス・ヌーシャテルの交通事情: 持続可能な交通システムと地域の取り組み

スイス・ヌーシャテルの交通事情: 持続可能な交通システムと地域の取り組み

国連環境計画(UNEP)によって発行された世界環境報告書(GEO-6)は、持続可能な交通の発展がグローバルな持続可能性の重要な要素であると強調しています。この報告書は、温室効果ガスの排出削減と交通部門におけるエネルギー効率の改善の重要性を指摘しています1。また、国連が2030年までに設定した17のサステイナブルデベロップメントゴール(SDGs)の中で、ゴール11(住み続けられる町作り)とゴール13(気候変動に具体的な対策を)は、持続可能で安全、かつアクセス可能な交通システムの改善を通じて温室効果ガスの排出削減を再度強調しています2。スイスは、交通手段からの排出ガスが温室効果に直接的に影響を与えるのを減らすために、持続可能な公共交通システムの開発において先駆的な国とされています。先日訪れたスイスのヌーシャテル市の具体的な事例を通して、どのようにこの交通システムが実施されているかを説明します。

スイスの持続可能な交通政策とその指標

交通手段は通常、その地域の地形に基づいて展開されるため、まずはスイスの全体的な地形について理解することが重要です。スイスはヨーロッパの中心に位置し、3つの主要な地域に分かれています。まず、アルプス地域ではアルプス山脈が国土の約58%を占めており、多くの4000メートル以上の高峰があります。アルプス地域の交通は主にトンネル、橋、高速道路を通じて支えられています。次に、中央高原エリアは国土の31%を占め、平坦な地形と最も多くの住民が集中しています。ここには最も発展した交通システムがあり、道路網、公共交通機関、鉄道が広範囲に整備されています。最後に、ジュラ山脈エリアは国土のわずか11%を占めています。ここはそれほど高くない山脈が多いため、他の地域に比べて小規模な道路や重要度の低い道路の発展に適しています。また、スイスには約15,000の大小の湖が点在しており、水路の発展と管理も国の交通発展において欠かせない部分とされています。驚くべきことに、スイスの土地のうち8%が住宅地、インフラ、緑地として使用され、残りの30%が森林および森林地帯、36%が農業用地として使われています。

図表1:スイスの地理特徴
図表1:スイスの地理特徴
出所:スイス連邦ウェブサイトより抜粋3

特異な地形と人口分布に基づいて、スイスは持続可能な公共交通システムの発展において有利な条件を持っています。人口は国土のわずか30%を占める平坦な中央高原に集中しています。最近では人口が減少傾向にありますが、このような状況は全国の交通システムの管理にとって良好な前提条件となっています。

SDGsのゴール11およびゴール13に関連するCO2排出の削減を実現するために、政府は公共交通システムとパーソナルモビリティの2つの主要な要素に重点を置いています。具体的には、政府は持続可能な交通政策を実行して、鉄道、バス、地下鉄のネットワークに大規模な投資を行っています。スイス連邦鉄道(SBB)などの企業によって提供される鉄道システムは、国内外の接続を実現しています。また、バスや電車のサービスも郊外や農村地域を対象に維持されています。スイスは環境への影響を最小限に抑えるため、電動車両の購入支援と充電インフラの改善を含むプログラムに力を入れています。さらに、交通量の最適化と渋滞の削減を目指して、交通制御システムの自動化、リアルタイム交通情報の提供、そしてユーザー向けのモバイルアプリなどのプロジェクトが積極的に導入されています。その上、スイスは歩行者や自転車のためのインフラを改善することで持続可能な交通政策を実施しています。大都市では通常、自転車専用レーンや歩行者エリアが設けられ、これにより汚染を減少させ、健康的なライフスタイルを促進しています。

以下は、スイスにおける交通によるエネルギー消費量と排出ガス量を示す図表であり、スイスが実施している交通政策の効果を示しています。(図表2)

図表2:交通によるエネルギー消費量と非出ガス量(スイス)
図表2:交通によるエネルギー消費量と非出ガス量(スイス)
出所:スイス連邦ウェブサイト「Mobility and Transport Pocket Statistics 2024」より筆者作成4

公共交通機関の利用促進によるもう一つのポジティブな影響は、交通事故による死亡率の低下です。2022年時点で、スイスにおける道路交通事故による死亡者数はほぼゼロに近づいており、特に2000年代以降は重傷者数が大幅に減少しています。(図表3)

図表3:スイスの道路交通事故の状況
図表3:スイスの道路交通事故の状況
出所:スイス連邦ウェブサイトより5

ケーススタディ: ヌーシャテル市の交通状況と持続可能な交通政策

ヌーシャテル市は、国内の交通発展政策に沿って、都市交通システムの統合を強化し、持続可能な交通システムを構築している事例です。市の取り組みにより、渋滞を軽減し、生活の質を向上させることができており、ここではその取り組み事例を紹介します。

ヌーシャテル市はスイス西部に位置し、178,000人以上の住民が生活しています。ジュラ山脈に位置し、ライン川とル・ドゥーブ川へ流れる大きな湖に接しています。市内の地形は主に三つのエリアに分かれます。まず、川沿いの低地、次に標高約700メートルのルーズとトラヴェルスの二つの主要な谷、そして900メートルから1,000メートルの高地です。地形は比較的平坦で、人口密度も適度です。チューリッヒやベルンなどの大都市に比べて発展度は控えめですが、包括的な交通システムの発展の潜在能力を持っています。

ヌーシャテルの交通システムは、日本とは異なり、地下鉄が主要な交通手段として使用されていません。市の面積が比較的小さいため、地下鉄よりもバス、自転車や車など様々な交通手段が利用されています。地下鉄は主に大都市間の移動に利用されています。特筆すべきは、駅に改札口がないことです。乗客は電子チケットを事前に予約するか、車両内で購入する必要があります。チケットの検査は比較的緩く、ほとんどが乗客の良識に依存しています。筆者がチューリッヒ空港からヌーシャテル市へ向かう際、乗車中にチケットの検査員はおらず、帰りのヌーシャテルから空港への列車でのみチケットが車両内で確認されました。乗客が眠っている場合、検査員は起こさず、チケットの確認も行われませんでした。

写真1:チューリッヒ空港からヌーシャテル市への高速鉄道・写真2:ヌーシャテル市の駅

ヌーシャテル市では、住民は自動車、自転車、バス、そしてトラム(路面電車)を主に利用して移動しています。公共交通機関の利用促進のため、ヌーシャテル市政府は「Nbus Expansion Program」と「Neuchâtel Tram Improvement Initiative」という二つのプログラムを実施しています。これらのプログラムでは、バス路線の拡充や運行頻度の増加、インフラの整備が行われています。実際に利用してみると、バスの運行頻度は非常に高く、7分以下に1本あります。また、朝の5:30から夜00:30時過ぎまで運行している路線もあります。さらに、バス停には小さな本棚が設置されており、バスを待つ間に本を読むことができます。電車と同様に、バスの利用時にはチケットの検査員やチェックシステムは存在せず、チケットの購入は主に乗客の良識に依存しています。このことは、スイスの社会保障制度が非常に高く、国民の意識が良好であることを示しています。

写真3:バス停に設置されている書棚・写真4:ヌーシャテル市のバス

ヌーシャテル市では、自転車も主要な交通手段の一つとして利用されています。個人所有の自転車に加えて、政府は公共のスマート自転車システムを導入しており、アプリを使って利用することができます。自転車専用レーンは明確に規定されていませんが、交通量が少ないため、自転車の利用に特に問題はありません。

写真5:ヌーシャテル市の自転車
写真5:ヌーシャテル市の自転車

写真6:レンタル自転車の駐車場
写真6:レンタル自転車の駐車場
出所:Juza Trois Lacs Drei Seen Land ウェブサイトより6

観光発展と公共交通システムの利用を組み合わせ

筆者がこの街で最も興味深いと感じたのは、観光の発展と公共交通システムの利用を組み合わせた政策です。

写真7:ヌーシャテル観光カード
写真7:ヌーシャテル観光カード
Juza Trois Lacs Drei Seen Land ウェブより7

宿泊施設に一泊すると、個人またはグループであれば無料で提供される観光カードを、ホテルのフロントやレンタルアパートの管理者から受け取ることができます。このカードを使うことで、全てのヌーシャテル市の公共交通サービスを自由に利用できるだけでなく、公共の自転車のレンタルやボートクルーズなども含まれます。さらに、15日間有効な全部の公共博物館の無料入場券も含まれています。この観光カードの導入により、観光客の誘致を促進し、公共交通機関の利用を増加させることで、観光業がもたらす環境への悪影響を軽減することができます。

終わりに

スイスは他の国々と同様に、国連が発表したSDGsを達成するための対策を強化しており、特に交通手段からのCO2排出削減に力を入れています。スイス政府は電車、バス、電動自転車、レンタサイクルシステムなど、包括的な公共交通システムの利用を促進しています。現在までに、この政策は一定の効果を上げています。ヌーシャテル市はこれらの対策を実施している例の一つです。これは、地方自治体が国の政策を実行する取り組みを示しています。さらに、都市が公共交通システムの利用を促進するために観光カードを発行することは、画期的なイニシアチブです。旅行者の視点から見ると、旅行費用を節約する最適な方法であるだけでなく、環境保護にも貢献できます。このイニシアチブは、確実に観光客の増加に寄与すると考えます。日本も将来的に地方観光と公共交通システム発展の両方に適用することを推進します。

写真は6と7以外全て、筆者撮影
(この記事は2024年8月13日時点の状況をもとに書かれました。)

  1. United Nations Environment Programme. (2019). Global Environment Outlook – GEO-6: Regional Assessments. United Nations Environment Programme. Retrieved from
  2. Goal 11 | Department of Economic and Social Affairs. (n.d.).
    Goal 13 | Department of Economic and Social Affairs. (n.d.).
  3. Geography – Facts and Figures. (n.d.). Swiss Confederation. Retrieved August 12, 2024, from
  4. スイス連邦, 2024年, 『Mobility and Transport Pocket Statistics 2024』, 2024年8月14日閲覧
  5. Office, F. S. (2023a, November 16). Road traffic accidents – Number of persons killed or seriously injured in road traffic – 1970-2022 | Diagram | Federal Statistical Office. Federal Statistical Office.
  6. City bicycle rental | Jura & Three-Lakes (CH). (n.d.). Jura & Trois Lacs.
  7. Neuchatel Tourist Card, Neuchâtel | Neuchatel Tourism (CH) | Guest Card. (n.d.). Jura & Trois Lacs.

この記事の著者

◆出身地:ハノイ、ベトナム ◆血液型:B型 ◆趣味: カフェ巡り、ヨガ、読書 
一橋大学 国際・公共政策大学院(IPP)修士2年生
◆研究テーマ:「技能実習生制度の廃止:ベトナムの不法滞在者を減少させるための良い対策?」
私は、ハノイ大学の日本語学部に在籍していた頃、多くの課外活動に参加し、国際組織のボランティアも経験しました。これにより、外国の友人とたくさん交流する機会があり、異文化や経済危機、グローバルな安全保障など、世界の問題について深く理解することができました。そのため、一橋大学の国際・公共政策大学院に進学し、ベトナムの不法残留者の状況について研究することにしました。研究に興味を持ち、日本の経済課題についてより学びたいと思い、NX総合研究所でインターンのポジションに応募しました。どんな国でも物流は経済の中核だと考えており、学校で習得した経済政治の理論を応用し、日本および世界の物流業界の全体像を把握したいと思っています。

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